視覚障害者の社会参画について考える

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zoom RSS あん摩マッサージ指圧師養成学校の新設は認めてゆくべき。

<<   作成日時 : 2016/10/13 12:58  

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 以下のような報道が9月にありました。

あん摩マッサージ指圧師養成施設巡る訴訟、国側は争う姿勢 東京地裁:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ9X33DDJ9XUTIL003.html?ref=goonews

<記事引用>
視覚障害者の生計維持を理由に、視覚障害がない人も受け入れる「あん摩マッサージ指圧師」養成施設の新設が法律で制限されているのは、憲法が定めた「職業選択の自由」に違反するとして、大阪市の学校法人が設置を認めない国の処分の取り消しを求めた訴訟の第1回口頭弁論が28日、東京地裁で開かれた。国は争う姿勢を示した。
 提訴したのは、医療系の大学や専門学校を運営している「平成医療学園」。訴状によると、学園が昨年9月、横浜市の専門学校にあん摩マッサージ指圧師を養成する課程の設置を厚生労働省に申請したが、今年2月に不認定となった。
 あん摩マッサージ指圧師などについて定めた法律には、視覚障害者の生計維持のため、視覚障害者以外も受け入れる養成施設の新設は「当分の間」不認定にできる、との規定がある。厚労省によると、1964年にこの規定ができた後に視覚障害がない人を受け入れる養成施設の設置が認められたケースは「把握していない」という。
 学園側は「50年前に定めた『当分の間』は、はるかに経過している。障害者の雇用環境はいまだ多くの問題が残るが、当時と比べかなり改善された」と主張。不認定とする合理的な理由がないと訴えており、学園や関連する学校法人が大阪と仙台の地裁でも同様に提訴している。

<引用ここまで>

視覚障害者を中心とする、日本マッサージ師協会や日盲連は、あん摩マッサージ指圧師について、視覚障害者の職域として死守する姿勢は今も変わりはないというのが主流のようです。国(厚生労働省)もそのような意向を継承し続けていることも時代にそぐわないような印象を受けますが、私個人としては、その点については、反主流の方向性を持っています。
 つまりは、晴眼者にもあん摩マッサージ指圧師免許を取得し理療に従事する機会を均等に持たせるべきだということです。

 現在、はり師、きゅう師免許取得のための養成学校は、柔道整復師養成課程の学科を持つ養成学校にも併設されるなど全国的に数が増えてきています。(1998年、福岡地裁、「柔整専門学校に鍼灸師養成課程の親切を厚労省が、不認可にしたことを取り消す判決」により、それ以降から、鍼灸師の養成課程を持つ専門学校が増えてきた。)
 かつては、鍼灸師も視覚障害者の職域として保護されるという傾向がありましたが、憲法でも保障された“職業選択の自由”という観点から、晴眼者にもその道が開かれるようになってきています。
 その結果として、鍼灸師では、晴眼者の割合が高くなってきています。また、鍼灸整骨院という組み合わせや、美容鍼灸での施術所も増加しています。
 たしかに、視覚に障害を持って出の、晴眼免許業者との競争は厳しいものがあります。しかし、技術としての鍼灸施術では、お互いに切磋琢磨し医療従事者としての認知を挙げてゆくことが、その競争から生まれてくるのではないでしょうか。

 それに対し、あん摩マッサージ指圧師だけは、視覚障害者の職域として守り続けたいという気持ちはわからなくもありません。
 しかし、[視覚障害者=安間]という概念は、徐々に薄れつつあり、日盲連などの視覚障害団体は、その職域の責任として、医療従事者としてのあん摩マッサージ指圧師の位置づけの確立や認知度の向上に意識を向けてゆく必要があると思われます。
 また、行き過ぎた保護主義や、晴眼者への排他的意識は、療術技術の停滞と理療業界全体としての衰退を招き、あん摩マッサージ指圧業の医療従事者としての地位や認知度を低下させてしまうものではないのかと危惧しています。

 一方で、生態やカイロプラクティックなど非免許の療術業者の増加も著しく、免許療術業との区別があいまいになりつつあることに対しても、決定的な解決策を見いだせてはいません。
 では、なぜ非免許療術業者がここまで増えてきたのでしょうか?
これには、あん摩マッサージ指圧師養成学校の不足が、要因の一つにあるといえるのではないかと思います。

 私が北海道で治療院を営んでいた時のことです。「将来、マッサージ師の免許を取って仕事をしたい。」という学生さんがやってきました。免許を取得するには、専門の養成学校に入り、国家試験を受ける必要があるのですが、北海道内には、晴眼での就学ができる養成専門学校は一つもなく(鍼灸、柔道整復師養成専門学校は複数あります)、仙台や首都圏まで出なければならない、生態やカイロスクールというものもあるが、将来的に信頼してよいのか、ということで悩んでいると相談されたことがあります。
 また、その当時に知り合った友人は、リフレクソロジーを生業としていましたが、「本来ならば、あん摩マッサージ指圧師免許を取りたかった。」と言っていました。やはり、道内から離れて就学するにはハードルが高かったということも話してくれました。

 このように、マッサージ師になりたいというニーズは確実に増えてきていますが、その受け皿となる養成専門学校は、絶対的に不足しています。
 マッサージなどの医療系療術業は、医療や癒しの多様化、高齢化社会での理療分野への期待感など注目される分野でもあるのだろうと思います。

 こうした期待を持たれている分野であるにもかかわらず、自らの殻を打ち破らず、保護主義にとらわれ、晴眼者への排他的思考のまま今に至ってしまったことで、やる気のある若い学生のニーズをとらえられなくなってしまっているのではないのでしょうか。
 このようなニーズの受け皿として生態やカイロスクールなどの民間療術資格が、全国的に広がってしまうという側面もあるのではないかと思います。
 その結果として、あ・は・き免許業者とその他療術の非免許(民間療術資格)業者という必要のない対立に勢力を回さなければならないという構造を作り出してしまったのではないのではなかろうかと考えます。

 私たち自身も競争を恐れず、免許療術としての技術を切磋琢磨し、医療分野の一翼を担うものとしての地位の確立と自覚を明確に持って、社会の期待に応えてゆく必要があります。

 ここまで、視覚障害者への福祉的側面の三療について、厳しい見解を述べてきましたが、私自身も中途視覚障害で就労移行支援を受けて“あ・は・き免許”を取得し、生業としています。
 そのことからも、視覚障害者の就労のセイフティネットとしての三療の重要性については、必要であるという考え方には変わりありません。
 視覚障害者が、盲学校の理療専攻科に進むことや、中途失明などで就労移行支援として理療の養成施設(国立リハビリテーションセンターなど)で三療免許を取得するために就学することは、障害者の就労支援としての社会モデルとしても国際的な評価を受けてもよいものだと思います。

 しかし、視覚障害者になったら、あん摩や鍼灸を生業とするということだけでは、障害者福祉や障害者の雇用促進としての社会モデルは成り立ちません。
 盲学校の出身者が皆、三療に従事しているわけではありません。普通に会社や公官庁に就職したり、大学に進学し、医師や弁護士になる人もいます。音楽関係などアーティストへの道など様々可能性は開かれています。
 また、現在増えてきているものが、働き盛りや就学期の中途視覚障害です。見えない、見えにくいということで、就業中の仕事や重ねてきたキャリアを失うということや、将来の展望を見直さなければならないという問題に直面します。
 このような、障害による社会モデルには、まず、障害者雇用促進法などを十分に理解し、実効性のあるものとして行くことで、現在の職場を辞めないことを前提にして、就労環境を障害に配慮されたものにしてゆくことが、雇用者側に求められています。
 このように、視覚障害者をめぐる、雇用環境や就労、就学環境は、半世紀前と比べると、ICT技術の応用によるアクセシビリティの向上により、視覚に障害が有っても、続けてゆける職種の幅も広がってきています。また、障害者に対する意識も変わりつつあります。

 このような社会環境の変化に対しても、日盲連や、日マ会は、視点を変えてゆく必要があるのだろうと思われます。
 そして、日盲連などの障害者団体は、障害者福祉全体の充実と視覚障害者のQOLの向上に貢献できる政策の提言や、民間企業に対してICTや、UD(ユニバーサルデザイン)の導入などを促進させてゆく働きかけを強化すべきであり、日マ会や、日鍼会、全鍼師会などの三療業界は協調と連携を強化し、視覚障害者の就労や雇用の維持の他に、あ・は・き師の、医療従事者としての地位の確立と向上を図るためのけん引役を担うべきなのであろうと思います。

 ここまで、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師への晴眼者の参入と養成学校の開放を主張してきましたが、ただ一つの懸念としては、あ・は・き師養成学校や施設が急増することでの、理療科専門教員の不足や、医家としての適性や質の低下が起きるのではないかという指摘もされています。新設されている鍼灸学科の中には、学校経営上の客寄せや、柔整や美容系、メディカルケアなどのパーツの一つとしての様な位置づけにされているようなケースもあるようです。理療を志す学生にも、安易な選択ではなく、慎重な見極めも求められます。

 もちろん、柔整や、スポーツ、美容やねでぃかるケアなどとの融合は、三療の生き残り方として選択の一つでもあろうと思われます。
 しかし、「ひさしを貸して母屋を取られる。」になっては、本末転倒です。あん摩マッサージ指圧、はり、灸という三療という業態の維持のためにも、全国組織としての日マ会や、鍼灸師会は、連携の強化と見解の統一が急務になっているということの認識をさらに強めてゆく必要があると思われます。

 これらのことから、今回の、あん摩マッサージ指圧師養成学科の新設に関する東京地裁の判断には、注目を寄せています。三療の未来にも大きく影響を与える者となるはずです。

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